介護の人間関係だけではない言葉の大切さ(6)神の愛に気付く

介護の人間関係だけではない言葉の大切さ

前回は、大分の湯布院の初日が終わって、瞑想を行って眠りについた、

と言うお話をさせてもらいました。

次の日、起きて直ぐにシャワーを浴びる習慣がある私は、輪葉葉2日目の日も変わらずシャワーを浴びて昨日のことを考えていました。

シャワーから上がると、昨日と同じイメージをして、瞑想を行いました。昨日の瞑想から次第に不安が取れて、「腹をくくった」状態になってたようです。(真我瞑想をこれから受講される方は、習慣を付けるといった目的だけで参加されるのもありかな、と私は個人的には思います)

しかい、今日の夜には実家がある長崎に帰らなくてはなりませんので、気分が何とも言えない気分です。

まるで、スポーツ選手が本番の試合が控えている、若しくは、10代の頃に好きな女子に告白する緊張感(ちょっと、違うな)のような気分ですか、そんな感じです。

全ての支度準備が整うと、タクシーに乗って輪葉葉に向かいました。

運転手さんに「どちらまで?」と聞かれたので、「輪葉葉まで」と言うと笑顔で答えてくれ、

丁寧な、しかもスムーズな運転技術で私を目的地まで運んでくれました。

車の中では、以前、お客さんに頼まれて、運転手さん自身もくじを引いたことや、

運転手さんが思うお勧めの場所も教えてくれ、さらには、運転手さん自身の身の上話も聞いた記憶があります。

 

車の中ですっかりリラックスした私は、目的地から歩いて4,5分の所に下ろしてもらい、目的の場所まで歩くことにしました。

 

目的地近くに来て、思わず、息を飲みました。

 

目的地で私が見たものは、人、人、人。

 

当日は、500人位集まっていて、昨日の倍だそうです。

 

その光景を見て、圧倒されて佇んでいました。ある程度は予想をしていたもののそれ以上の人数でした。

「こりゃ、無理だな」そう感じましたが、ここまで来て引き返すわけ行きません。

頭を抱えながら、宮田さんから抽選権をもらいました。(つづく)

 
 
 
 

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