介護の人間関係だけではない言葉の大切さ(3)気付きにくい神の愛

介護の人間関係だけではない言葉の大切さ。

前回は、猫が当たらなかったものの、知り合ったおじさんから譲り受け、私がマイナスの言葉を吐いたために、さらにそのおじさんから叱られたことをお話ししました。

 

私はおじさんに感謝の言葉を述べ、湯布院駅行きのバスを待つことにしました。

私の周りはいつの間にか、誰もいなくなってしまい、私に猫を譲ってくれたおじさんも、いつの間にかいなくなってしまい、一人になってしまいました。

 

帰りたいのでバスを待つことにしましたが、たいていの人は輪葉葉工房まで車でやって来ていて、バスを使う人はほとんどいません。そのバスも2時間に1本くらいで、次に来るのに1時間以上ありました。

 

「参ったな」

 

「次のバスまでに、1時間以上あるのか」

 

独り言をつぶやいて、時間を持て余した私は、まだ空いていた輪葉葉工房

(猫の焼き物を展示してあるところ)にお邪魔して、猫を見物していました。

 

その中に、「大猫」と書いた、一番大きな、黄色い猫に目が行きました。

 

何とも言えない愛嬌のある顔は本物の猫に引けを取りません。

 

(欲しいなぁ)

 

そんなことを考えているうちに、後方で人影を感じ、言葉をかけられました。

 

「あんた、まだ、帰らないの?」

 

そう、店主の宮田さんでした。

 

宮田さんは、販売終了から数時間たっても一向に帰る気配のない私を心配して声をかけてくれたのです。

私は、宮田さんの言葉に「あっ、次のバスで帰ろうと思って」と苦笑いしながら答えました。

 

宮田さんは、「あんた、次のバスって、まだ、一時間以上もあるじゃない、ちょっと待ってな」

そう言うと宮田さんは、どこか消きえてしまいました。

 

(あれっ、どこいっちゃったんだ)

 

私は引き続き周りを見ました、よく見ると、ヤクルトの選手、阪神のコーチ、そして西武の渡辺監督達のサインと花束が飾ってあります。私は、その花束や、サインから本当に感謝している様子が浮かび上がって来た感覚を受け取っていました。

勝負事に生きる世界の人たちの叫び。厳しさの中から、何とか良い方向に、と願っていること。

 

それと同時に

 

私の頭の中に、横浜から出発して湯布院に着き、現在の時間までの、今日一日の色んなことが頭に過りました。

そこへ、

プッ、プー、と車のクラクションが鳴りました、宮田さんです。工房の外に慌てて出てみると、宮田さんが、運転している軽自動車の中から手を振っています。

 

車に近づくと、「バスが来るまで、何時間もあるから・・・。送って行くから乗りなさい」と言ってくれました。

 

きっと、忙しいし、明日の準備もあるのに、わざわざ車を出してくれて、駅まで送ってくれると言うのです。

 

恐縮して断ろうかとも思ったのですが、本当に駅までの帰る手段がないので、有難く乗せていただくことにしました。

 

車の中でお話をさせていただくことになったのですが、「神様の深い愛」がこの時、その時点で脈々と流れていることに気付くのは

ずっと後からになってからでした。

 

 

 

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